藤原正和(中央大学)監督の経歴や大学時代の活躍は?

 

箱根駅伝の名門校といえば、総合優勝の回数最多の14回出場回数最多の90回という実績を誇っている中央大学は外せません。

しかしここ数年は優勝から遠ざかり、シード権を逃すなどの低迷が続いています。

その状態を打破するために、中央大学は2016年に新しい監督を迎い入れました。

中央大学のOBでもある藤原正和氏。

2016年の箱根駅伝は15位という結果に終わり、シード権を逃していた中央大学は予選会に出場しましたが、10位のチームにわずか44秒届かず、予選通過できなくて2017年の第93回箱根駅伝には出場すらかないませんでした。

2018年の第94回箱根駅伝から2021年の97回箱根駅伝でも予選は通過するものの、あと一歩シード権には届かずシード校常連校に戻るには大きな壁があるよう。

2022年はシード権を再び手にすることが出来るのか?気になるところ。

そんな中央大学の藤原正和監督について、今回はスポットを当ててみました。

いったい、どのような選手生活を歩んできたのでしょうか?

また藤原正和監督を支えている家族の存在とは?

気になったことを調べてみました。

 

初心者はこちらで箱根駅伝のルールや基礎知識を学んでおくと、より観戦を楽しめます。

 

 

藤原正和(中央大学)監督の経歴は?出身中学や高校&大学時代の活躍も

 

 

藤原正和監督のプロフィールと経歴を簡単に紹介。

藤原 正和(ふじわら まさかず)

兵庫県神崎郡大河内町出身、1981年3月6日生まれ、現在40歳

神河町立大河内中学校(現:神崎中学校)、西脇工業高校と地元で過ごした後、中央大学へ進学、そしてホンダに所属し実業団ランナーとして活躍しました。

中学3年生の時には全日本中学校陸上競技選手権大会の3000mに出場して2位入賞

高校3年生の時にはインターハイ3000mSCに出場して3位に、全国高校駅伝では2区を区間4位で走り、2年連続7度目の全国駅伝優勝に貢献しました。

1999年中央大学へ進学した藤原正和さんは、チームの中心選手として長距離トラック種目や駅伝で活躍、そして大学4年間、3大駅伝とも言われる出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝に全て出場を果たしています。

2001年、北京で行われたユニバーシアード男子ハーフマラソン優勝

箱根駅伝では1年生から3年生まで山上りと呼ばれる5区を担当して1年生の時には区間賞を獲得、2年生の時には中央大学37年ぶりとなる往路優勝(5時間43分0秒)のゴールテープも切りました。(※ 個人での区間順位・タイム記録は2位でした。)

4年生の時には花の2区に出場、華麗なる8人抜きを見せて見事区間賞を獲得

 

藤原正和 箱根駅伝での戦歴
大会回(年)順位タイム
第76回(2000年)5区1位1時間11分36秒
第77回(2001年)5区2位1時間13分51秒
第78回(2002年)5区3位1時間14分36秒
第79回(2003年)2区1位1時間7分31秒
参考 過去の記録 選手詳細 藤原正和箱根駅伝公式HP

 

2003年に出場したびわ湖毎日マラソンでは終盤までトップ争いを演じ、2時間08分12秒という記録で日本人トップとなる3位に入賞しました。

この記録は、オリンピック銀メダリストの森下広一さんが持つ初マラソン最高記録と、早稲田大学・佐藤敦之さんが持つ日本学生最高記録を上回るもので、この結果により世界陸上パリ大会への切符を手にしました。

藤原正和さんが有名になったのは大学時代と言われているのが、良く分かります。

2003年に中央大学を卒業後はホンダに所属、日本選手権や世界陸上などに出場しました。

2008年全日本実業団駅伝ではアンカーの7区を走り区間賞も獲得しています。

2010年東京マラソン2010では、雨や雪が降りしきる悪天候の中、40km過ぎからラストスパートをかけると1時間12分19秒というタイムで優勝、自身3度目の挑戦でマラソン初優勝となりました。

2012年の東京マラソン2012では、市民ランナーの川内優輝選手らと国内招待選としてエントリーするも、外国人選手率いる先頭集団から徐々に引き離され31位という結果に、2015年の世界陸でも中間地点からの遅れが響いて21位という結果に終わってしまいました。

社会人時代は故障に加え、右腸脛靭帯炎や肝機能低下などによって思うように走れない時期も多く、世界陸上出場を欠場せざるを得ないなど、中央大学時代とは異なり、順風満帆とはいかなかったようです。

 

参考 藤原正和Wikipedia

 

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藤原正和(中央大学)監督の現役引退の理由や現在

 

リオデジャネイロオリンピックの日本代表へ目標を定めていた藤原正和さんでしたが、今年の1月に臀部の肉離れを起こしフォームを崩してしまいます。

臀部の肉離れが完治して間もなく、今度は右すねの疲労骨折が藤原正和さんを襲いました。

オリンピック出場をかけた最後の大会と見据えていた3月のびわ湖毎日マラソンに、無理をしてスタートラインに立つか、辞めるのか、とても悩んでいたと言います。

「いい状態を作れない。そこまでの力がない。」と感じた藤原正和さんは、疲労骨折が判明してから1週間後、引退を決意

その後、藤原正和さんの現役引退を耳にした中央大学の野村修也部長から、中央大学の陸上部駅伝監督になって欲しいという打診がありました。

数年前からオファーはあったものの、当初は驚きを隠せなかった藤原正和さんでしたが、低迷している母校のため、快く引き受けることを決めました。

そうして2016年3月現役引退とホンダを退社することを表明すると当時に、中央大学の陸上部駅伝監督に就任することを発表。

監督の経験がないということから、選手のスカウトなどは浦田春生コーチ(前監督)の力を借りながらのスタートとなった監督就任1年目。

藤原正和監督が現役の時には優勝するんだという気合いに満ちていましたが、今のチームにはそういった気合いを感じられず、2016年の箱根駅伝については15位になるべくしてなったと感じたのだそう。

まずは選手の意識を変えないといけないと考えた藤原正和監督は、昨年まで3年生と4年生に認められていた原付バイクの所有をやめてもらい、門限を設けない日が月に4回あったものを1回に減らすなど、生活面においても改善を試みました。

そして大会を想定した質の高いスピード練習に加え、秋田県の男鹿駅伝に参加するなどの実戦も取り入れました。

しかし2017年の箱根駅伝2018予選会は通過ならず、中央大学の箱根駅伝連続出場回数87回で途切れてしまいました。

それでも、2018年の第94回箱根駅伝からは毎年予選会を通過し、シード権まであと一歩の順位まで上りつめ、2021年の97回箱根駅伝では、復路3位という記録も残して確実に力をつけているのが分かります。

やはり、箱根駅伝連続出場回数87回(2位の日本体育が73回)という断トツの記録を誇る中央大学、伝統の力は侮れません。

青山学院大学の原晋監督も、青山学院大学を優勝に導くまで10年かかったことから、藤原正和監督もチームの立て直しに10年はかかると見ているそう。

『高校生が「中央大学で走りたい」と思うようなチームを作りたい』と願う藤原正和監督の戦いは、着実に結果として現れてきているといえるのでは?

2022年の第98回箱根駅伝での中央大学の活躍が楽しみですね。

 

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藤原正和(中央大学)監督の奥さんは?

 

藤原正和監督は現在、奥さんと二人の娘さんがいらっしゃいます。

一度離婚経験がある藤原正和監督、現在の奥さんと再婚したのは2011年、友人の紹介で知り合ったのだそうです。

藤原正和監督の妻・麻紀子さんと出会ったのはマラソンで初優勝する前、慢性的な腰痛や肝機能障害などにより不調に陥っているときでした。

持病の貧血を悪化させ精神的にも苦しかった藤原正和監督を支えたのは、紛れもない麻紀子さんだったのです。

麻紀子さんによる食事対策の甲斐もあって、貧血も徐々に改善していきます。

そんな麻紀子さんとは結婚前に「オリンピックへ連れて行く」と約束をしました。

しかし、2016の2月、オリンピック出場をかけたびわ湖毎日マラソンを前に疲労骨折を発症、欠場を余儀なくされた藤原正和監督は現役引退を決意することに。

麻紀子さんとの約束は果たすことはできませんでしたが、2012年に一度「引退」を考えた藤原正和監督を支えた麻紀子さんの存在はとても大きかったことでしょう。

これからも、そんな家族と共に、中央大学の駅伝監督人生を歩んでいって欲しいですね。

 

参考 天才と呼ばれた男の壮絶なマラソン人生TBSテレビ バース&デイ

 

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中央大学の藤原正和監督まとめ

 

現役時代には優勝こそできなかったものの、大学4年間の箱根駅伝のチーム成績は全て5位以内と、常に優勝を争っていたチームにいた藤原正和監督。

実業団対抗駅伝やマラソン経験も豊富な藤原正和監督の熱意は、必ず選手に届くはず。

伝統ある白地に赤のCが刻まれているユニホームが再び常連校として強豪校として、箱根駅伝で復活する日が1日でも早く訪れる日を楽しみにしています。

 

箱根駅伝2022の出場校について詳しく知りたい方はこちら

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