【箱根駅伝】法政大学の優勝回数や成績は?過去最高順位は?

 

みなさんは箱根駅伝で法政大学というと、どのようなイメージを持っているでしょうか?

箱根駅伝出場回数は第3位の日本大学に次ぐ、第4位の82回という記録を誇る法政大学。

第91回大会(2015年)は箱根駅伝に出場できなかったために、連続出場記録は途絶えてしまいましたが、それまでは27回連続で箱根駅伝に出場している常連校です。

では、具体的に法政大学は箱根駅伝でどのような道のりを歩んできたのでしょうか?

法政大学の箱根駅伝での成績について、過去の記録を振り返りながら、法政大学の陸上競技部についてご紹介していきたいと思います。

さらに、法政大学の監督や法政大学出身の有名選手などについてもお伝えしていきますので、箱根駅伝を観戦する際の参考にしてみてくださいね。

 

【箱根駅伝】法政大学の優勝回数や成績は?

 

それではまず、箱根駅伝における法政大学の歴史、箱根駅伝の出場回数などの成績、今までの順位記録をご紹介していきたいと思います。

 

箱根駅伝における法政大学の歴史

 

法政大学陸上競技部創立は、1919年(大正8年)

2022年現在、箱根駅伝には82回の出場を誇る法政大学ですが、いまだ総合優勝は未経験で、過去総合最高位第12回大会(1931年)22回大会(1943年)での3位

シード権(10位以内)も多く獲得してきた法政大学陸上競技部でしたが、10位以下に沈んでいた時期も長く続きました。

転機が訪れたのは、坪田智夫監督がプレイングコーチとして就任した2010年ごろから

当時の部員たちは目的意識が低く、ピアス、茶髪、朝寝坊など、乱れた生活をしていて、それらが競技成績にも表れていたと坪田智夫監督は話します。

元々、陸上で成績を残していれば、ある程度は自由に部活動できるといった環境ではあったものの、坪田智夫監督の学生時代とは違い、その甘さが仇となってしまっていたよう。

そこで、坪田智夫監督の指導の元、「自分で考えることの大切さ」を基盤に、チーム作りの再建がスタート

徐々にチーム力が増し、第93回大会(2017年)では総合8位第94回大会(2018年)では総合6位第95回大会でも総合6位と、安定した力を発揮しています。

第98回大会(2021年)では、総合10位でギリギリでシード権を獲得することが出来ました。

第99年箱根駅伝では、シード権を獲得するという目標共に、少しでも順位を上げていってほしいなと思います。

 

そのほかの細かい記録は、以下をご覧くださいね。

 

法政大学 箱根駅伝の成績

 

法政大学 箱根駅伝の成績
 記 録回 数
出場回数82回
シード出場回数24回
総合優勝回数0回
往路優勝回数1回
復路優勝回数1回
区間賞獲得数25回

※ 2022年4月現在

 

法政大学 箱根駅伝の今までの順位記録

 

法政大学 箱根駅伝の今までの順位記録
回・年総合順位往路順位復路順位
98回
2022年
10位13位7位
97回
2021年
17位16位17位
96回
2020年
15位16位14位
95回
2019年
6位5位6位
94回
2018年
6位5位5位
93回
2017年
8位12位5位
92回
2016年
19位19位17位
91回
2015年
本大会に出場なし
90回
2014年
11位11位14位
89回
2013年
9位5位15位
88回
2012年
本大会に出場なし
87回
2011年
本大会に出場なし
86回
2010年
19位18位18位
85回
2009年
本大会に出場なし
84回
2008年
16位15位17位
83回
2007年
15位16位13位
82回
2006年
7位15位1位
81回
2005年
8位13位7位
80回
2004年
4位5位8位
79回
2003年
16位18位12位
78回
2002年
棄権(2区)往路・復路・総合記録なし
77回
2001年
4位3位7位
76回
2000年
10位6位12位
75回
1999年
14位11位15位
74回
1998年
本大会に出場なし
73回
1997年
14位15位14位
72回
1996年
6位4位9位
71回
1995年
本大会に出場なし
70回
1994年
10位11位6位
69回
1993年
7位7位8位
68回
1992年
12位12位11位
67回
1991年
10位8位13位
66回
1990年
10位11位10位
65回
1989年
15位15位15位
64回
1988年
~61回
1985年
本大会に出場なし
60回
1984年
16位15位16位
59回
1983年
15位15位13位
58回
1982年
本大会に出場なし
57回
1981年
14位14位15位
56回
1980年
14位14位14位
55回
1979年
14位13位14位
54回
1978年
8位6位11位
53回
1977年
14位15位14位
52回
1976年
14位13位14位
51回
1975年
本大会に出場なし
50回
1974年
15位16位14位
49回
1973年
本大会に出場なし
48回
1972年
本大会に出場なし
47回
1971年
14位14位14位
46回
1970年
13位13位12位
45回
1969年
8位7位11位
44回
1968年
9位8位11位
43回
1967年
8位8位8位
42回
1966年
9位9位9位
41回
1965年
12位13位10位
40回
1964年
8位6位10位
39回
1963年
7位8位5位
38回
1962年
8位2位12位
37回
1961年
8位10位6位
36回
1960年
8位8位8位
35回
1959年
5位8位4位
34回
1958年
5位6位3位
33回
1957年
6位5位6位
32回
1956年
4位5位5位
31回
1955年
5位8位3位
30回
1954年
4位5位4位
29回
1953年
12位4位13位
28回
1952年
8位9位7位
27回
1951年
5位4位6位
26回
1950年
8位11位6位
25回
1949年
6位3位8位
24回
1948年
6位4位7位
23回
1947年
10位10位9位
22回
1943年
3位3位4位
21回
1940年
6位6位6位
20回
1939年
本大会に出場なし
19回
1938年
11位11位12位
18回
1937年
8位8位8位
17回
1936年
5位7位5位
16回
1935年
8位7位8位
15回
1934年
4位3位5位
14回
1933年
7位8位6位
13回
1932年
4位4位5位
12回
1931年
3位1位5位
11回
1930年
5位8位2位
10回
1929年
5位3位5位
9回
1928年
6位5位8位
8回
1927年
4位4位4位
7回
1926年
5位5位5位
6回
1925年
10位10位9位
5回
1924年
6位6位5位
4回
1923年
7位7位7位
3回
1922年
7位8位7位
2回
1921年
6位4位6位
1回
1920年
本大会に出場なし

※2022年4月現在

参考 過去の記録箱根駅伝 東京箱根間往復大学駅伝競走公式ホームページ

 

箱根駅伝の歴代優勝校の記録はこちら
>>>箱根駅伝 歴代優勝校の記録
箱根駅伝 歴代優勝校の記録

 

法政大学出身の有名選手

 

それでは次に、法政大学出身の有名選手や注目選手についてご紹介したいと思います。

 

法政大学出身の有名選手(徳本一善)

 

★ 徳本 一善(とくもと かずよし)

1979年6月22日生まれ 広島県出身。

沼田高校卒業。

法政大学を卒業後は、日清食品に入社。

現在は、駿河台大学駅伝部の監督をなさっています。

陸上競技が好きだったお父様と親交を深めるために陸上を始めたという徳本一善監督。

本格的に長距離に力を入れ始めたのは中学2年生のとき。

中学3年生のときには、全国大会の1500mで2位、3000mで3位になった成績を持っています。

高校時代は疲労骨折に見舞われ、インターハイでも準決勝敗退が続いてしまい、思うような結果を残すことができなかったようです。

法政大学に入学すると、インターカレッジでの成績が評価され、一躍大学陸上界を代表する選手となりました。

箱根駅伝にも4年連続で出場していて、区間賞を獲得したこともあります。

また、出雲駅伝や全日本大学駅伝でも区間賞を獲得するなど、チームの柱となる選手だったことが伺えますね。

日清食品に入社してからも、日本選手権やパリ世界陸上選手権などで活躍、2007年には東京マラソンにも出場し、5位入賞を果たしています。

2011年11月に、駿河台大学駅伝部の選手兼コーチに就任、2012年4月からは同監督に就任し現在に至ります。

 

以下、主な記録をご紹介します。

 

 

【箱根駅伝での成績】

第75回大会(1999年) 1区 10位
第76回大会(2000年) 1区 区間賞
第77回大会(2001年) 2区 2位
第78回大会(2002年) 2区 途中棄権

 

【大学卒業後の主な記録】

第45回東日本実業団選手権 1500m・5000m 優勝
第87回日本陸上競技選手権大会 5000m 優勝
ホクレン・ディスタンスチャレンジ 3000m 優勝

2004年 第39回千葉国際クロスカントリー 4000m 優勝
第88回日本陸上競技選手権大会 5000m 優勝
ホクレン・ディスタンスチャレンジ 5000mA 優勝

2006年 第46回姫路城ロードレース大会 10マイル 優勝
第20回福岡国際クロスカントリー大会 10㎞ 優勝
第48回東日本実業団選手権 1500m 優勝

2012年 第13回谷川真理ハーフマラソン ハーフ一般男子 優勝

 

 

【どんな選手か?魅力なども】

大学時代のトレードマークは茶髪、時折強気な発言をするなど、「ビジュアル系ランナー」「爆走王」などと呼ばれることもあったそうです。

また、オリジナルファッションブランドを立ち上げていたこともあるそうですから、独自の美学センスもあったのかもしれませんね。

良くも悪くも目立っていた時期があった徳本一善監督ですが、もちろん今は違います。

ご結婚をされているにも関わらず、単身赴任をして駿河台大学駅伝部の選手たちと共に寮生活をしていて、監督としての練習指導をはじめとして、学業のこと、私生活のことなど、選手たちから色々なお悩み相談を受けているのだとか。

指導者としてだけではなく、心のよりどころとしても信頼されている証ですね。

 

補足

坪田 智夫(つぼた ともお)監督も法政大学出身で、箱根駅伝出場しています。

詳しくは、続く見出しの監督の紹介をお読みくださいね。

 

★ 青木涼真(あおきりょうま)

1997年6月16日生まれ 埼玉県久喜市出身

春日部高校卒業

中学生のときはサッカー部に所属していましたが、長距離走では学年で一番速かったことから「高校では陸上をやってみたらどうか?」と先生に言われて、長距離にも関心を持つようになったようです。

春日部高校に入学した青木涼真選手は、まずは陸上部とサッカー部の両方を体験してみたいと思っていたそうなのですが、サッカー部の集合場所が分からなくて練習に参加することができなかったのだとか。

練習が未経験のままサッカー部に入部するのはどうなんだろう?と思った青木涼真選手は、陸上部の練習に参加した際の先輩の人柄の良さに触れたこと、そして同期の友人もできていたということもあって、陸上部に入部することを決めたのだそうです。

もし、サッカー部の練習に参加していたら、今の青木涼真選手はなかったのかもしれないと思うと、偶然とはいえ、運命の引き寄せを感じますよね。

1500mや5000mの競技に出場しながら、2年生のときには関東インカレ(2017年)3000m障害1位

次第に力をつけてきた青木涼真選手は3年生のときにも、関東インカレ(2018年)3000m障害1位となり2連覇を達成。

すると、インターハイの本番でも入賞を果たし、この成績を目に留めた法政大学から声がかかったのだそうです。

法政大学に入学してからは、1年生のときから箱根駅伝に出場し、2年生のときには5区で区間賞を取る活躍を見せた青木涼真選手は”山の神”と呼ばれるようになって、一躍注目される存在になりました。

そして3年生でも5区を任され、山登りの区間であるにも関わらず、7人抜きで区間3位。

自身が持つ記録を15秒更新しました。

 

【箱根駅伝での成績】

第93回大会(2017年) 8区 9位
第94回大会(2018年) 5区 1位 区間賞
第95回大会(2019年) 5区 3位
第96回大会(2020年) 5区 4位

 

【大学卒業後の主な記録】

2020年東京オリンピック 出場

 

 

法政大学の坪田智夫監督について紹介!

 

それでは最後に、法政大学の坪田智夫監督や、法政大学陸上競技部についてご紹介したいと思います。

★ 坪田 智夫(つぼた ともお)監督

1977年6月16日生まれ 兵庫県出身

神戸甲北高校を卒業後、法政大学へ進学。

法政大学を卒業後は、実業団のコニカ(現:コニカミノルタ)にて活躍。

坪田智夫監督には4歳上のお兄さんがいて、「脚が速い奴はモテるぞ」と言われて、特に深い意味もなく中学生のころから陸上を始めたのだそうですよ。

高校時代は近畿大会に出場することを目標に、陸上に励んでいた坪田智夫監督。

高校3年生のときには県大会の5000mで好成績を残し、念願だった近畿大会へ出場。

このときの14分25秒という記録は、その年のインターハイ10傑に入るほどの好タイムでした。

法政大学時代には、箱根駅伝3度も出場

大学最後の箱根駅伝では、1区を走った徳本一善さん(現:駿河台大学陸上部監督)からタスキを受け取ると、そのままトップを独走し2区区間賞も獲得しました。

コニカミノルタ時代には、ニューイヤー駅伝で6度の優勝に貢献し、区間賞5回獲得。

2002年の日本選手権10000mで優勝したことをきっかけに、翌年の世界陸上パリ大会代表選手に選出されましたが、予選敗退。

その後も世界陸上を目標にしていましたが、叶うことはありませんでした。

そして2010年、コニカミノルタに籍を残しつつ、法政大学のプレイングコーチに就任

現役を引退後、2012年法政大学陸上競技部のコーチに就任2013年から監督に就任し、現在に至ります。

 

 

【箱根駅伝での成績】
第73回大会(1997年) 5区 14位 1時間21分22秒
第75回大会(1999年) 2区   3位 1時間09分18秒
第76回大会(2000年) 2区   1位 1時間08分16秒

 

 

法政大学陸上競技部のここに注目!

 

法政大学陸上競技部のここに注目!という点について紹介したいと思います。

法政大学陸上競技部の練習拠点は、多摩キャンパスです。

多摩キャンパスには、陸上競技場のほか、野球場やテニスコート、サッカー場など、8つの練習場があり、館内には、スイミングプール、柔道や剣道などの道場、トレーニングセンター、食堂などが完備。

また、睡眠や心拍数など科学的な面からチームをサポートするアスレチックトレーナーや、選手のトレーニングを補助するトレーナー、そして、広報活動や取材の対応など、事務作業を担当するスタッフなども充実しています。

影で支えてくれるトレーナーやスタッフがいるからこそ、選手は安心してトレーニングに励み、さらに上を目指すことができるのでしょうね。

 

法政大学を応援するのに参考になるサイトも紹介!

 

・法政大学公式HP
参考 陸上競技部法政大学HP

・オレンジ・エクスプレス掲示板 ~法政大学駅伝チームを応援しよう~
参考 トップページオレンジ・エクスプレス掲示板

 

【箱根駅伝】法政大学まとめ

 

法政大学陸上競技部について、箱根駅伝での歴史や記録、そして監督やOB選手、注目する選手などについてご紹介してきました。

坪田智夫監督と法政大学時代共に戦ってきた同じチームの選手が、現在の駿河台大学の徳本一善監督というのも、面白いですよね。

 

2 COMMENTS

きだっちー

徳本一善監督の箱根駅伝の第76回大会(2000年)成績は2区区間賞ではなく、たしか1区区間賞だったような気がします。

さくきよ

きだっちーさん

ご指摘頂きありがとうございます。
確認したところ、おっしゃるとおり1区区間賞でした。
訂正させていただきました。

教えて頂きありがとうございました。

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