青山学院大学の駅伝部は廃部寸前になったこともある?強さの秘訣や練習メニュー

箱根駅伝の強豪校や常連校といえば、どの大学を思い浮かべますか?

優勝回数No.1を誇る中央大学や早稲田大学、そして、シード権を多く獲得している東海大学や駒澤大学、東洋大学といったところも良く知られている大学ではないかと思います。

箱根駅伝にとどまらず、出雲駅伝や全日本大学駅伝でも上位の成績を残していて、2016年度においては、箱根駅伝・出雲駅伝・全日本大学駅伝の3つの大会で優勝、大学駅伝三冠を達成した大学と言えば、、、そう、青山学院大学

今では多くの大学が「打倒!青学」というほど、青山学院大学陸上競技部の強さは大きな存在になっていますが、実は昔から駅伝が強かったわけではなかったのだそうです。

では、いつからこれほどまで強くなったのでしょうか?

なにか特別な練習をしているのでしょうか?

そこでここでは、青山学院大学の駅伝部の歴史を振り返るとともに、その強さの秘訣や練習メニューについてご紹介したいと思います。

 

青山学院大学の駅伝部は廃部寸前になったこともある?その歴史とは?

 

それではまず、青山学院大学陸上競技部の歴史を簡単に振り返ってみましょう。

【青山学院大学陸上競技部の歴史】

 

青山学院大学の陸上競技部が創部されたのは、1918年。

1943年、箱根駅伝初出場。

1965年、22年振りに箱根駅伝に出場すると、以降12年連続出場し、2度のシード権を獲得。

しかし、1976年(第52回大会)を最後に、箱根駅伝から遠ざかってしまうことに。

2004年に中国電力で営業マンをしていた元長距離ランナーの原晋さんが監督に就任し、チームの強化を始めるも、「3年で箱根の舞台に復帰する」という使命を果たすことができず、廃部の危機に直面したこともあったそうです。

青山学院大学は、昔から箱根駅伝の常連校だったわけではなかったんですね。

そしてついに、念願の箱根駅伝に出場したのは、1976年からなんと33年振りとなる2009年(第85回大会)のこと。

このときの結果は22位。

33年という長いブランクから脱したものの、厳しい現実を突きつけられてしまったというわけなんです。

ですが、2009年の全日本大学駅伝への初出場を果たすと、翌2010年(第86回大会)の箱根駅伝では8位となり、41年振りにシード権を獲得。

すると、2011年には2年連続で出雲駅伝への出場を果たし、全日本大学駅伝でも9位という成績を残すなど、少しずつ上位に食い込んでくるようになってきます。

2012年以降の青山学院大学陸上競技部の主な成績は、以下の通りです。

【青山学院大学陸上競技部 主な成績】

 

2015年(第91回大会)の箱根駅伝において、青山学院大学史上初となる総合優勝を成し遂げる。

2016年(第92回大会)の箱根駅伝では、なんと全10区間を首位で通過し、往路・復路合わせて完全優勝を果たす。

さらに、2016年の出雲駅伝では2連覇を達成、全日本大学駅伝では初優勝を飾り、2017年(第93回大会)の箱根駅伝で3連覇を達成したことで、大学駅伝の三冠も達成。

このあたりはまだ、記憶に新しい出来事として、みなさんの記憶に残っているのではないでしょうか!

廃部寸前になったこともある青山学院大学ですが、いったいどのようにして強くなっていったのでしょうか。

もう少し詳しく見ていきましょう。

参考 青山学院大学陸上競技部 歴史Wikipedia

 

青山学院大学の駅伝部が強くなった経緯や秘訣とは?

 

それでは次に、箱根駅伝の常連校ではなかった青山学院大学陸上競技部が、どのようにして今日のように強くなっていったのか、その経緯について見ていきたいと思います。

もっとも大きな影響を与えたのは、やはり原晋さんの監督就任ではないかと思います。

1976年(第52回大会)の箱根駅伝を境に、予選落ちが続いていた青山学院大学陸上競技部は、当時、中国電力で営業マンをしていた元長距離ランナーの原晋さんを監督に迎えた、というのは、先ほどの見出しでも触れました。

2004年4月、原晋監督は「3年で箱根駅伝に出場、5年でシード権、10年で優勝争い」と宣言しましたが、就任3年目の箱根駅伝の予選会(2006年10月)で10位以内に入ることがでなかったために、青山学院大学の幹部から「話しが違う」と責められてしまったことが、廃部寸前になった原因と言われています。

ですが、就任5年目の2009年1月、公言した年より2年遅れることとなりましたが、青山学院大学を箱根駅伝出場に導くことに成功!

原晋監督のちょっとユニークな特徴と言えば、大会ごとに掲げられるスローガンです。

「ワクワク大作戦」「エビフライ大作戦」「メラメラ大作戦」「ゴーゴー大作戦」など、真剣勝負の中でも楽しくやろうというような想いが込められているスローガンがたくさんあります。

当然、優勝というのがチーム一丸となって戦う目標となりますが、優勝という二文字の重圧を抱えるよりも、「○○大作戦」といった、ある意味分かりやすいネーミングを付けることで、選手たちも必要以上に気負いすることなく、目標に向かうことができるのかなと思いました。

そしてもう一つ、原晋監督の教育法にも秘訣が隠されていました。

体育会系にありがちな、上級生と下級生との垣根というのも低く、選手と監督との距離も近いので、チーム内の雰囲気もとても良いと言われる青山学院大学。

ですが、選手寮の規則や門限などのルールにはとても厳しいのだそうです。

そこには、「陸上はタイム(時間)で管理されている世界なのだから、時間を大切にしないというのはあり得ない」という原晋監督の信念がありました。

基本的なことだからこそ、徹底した指導があったのでしょう。

また、原晋監督自身、高校時代は軍隊のように厳しい上下関係を経験し、大学時代には逆に緩い生活を送り、サラリーマン時代には社会人ならではの苦労も味わいました。

そういった経験から、厳しすぎてもダメ、緩すぎてもダメだと考え、両方の長所を活用した組織が理想だと思うようになったのだそうです。

基本は厳しく、でも自由な発想や発言はOKという環境が、選手にも良い影響を与えている、そんな気がしました。

参考 箱根3連覇に挑む青学、その強さを生んだ「体育会らしからぬ」指導法現代ビジネス

 

青山学院大学の駅伝部の練習メニュー(方法)

 

それでは最後に、青山学院大学陸上競技部の練習メニューについて、見ていきたいと思います。

青山学院大学では、走るフォームを美しくするための「姿勢づくり」、そして「持久力をアップさせる秘伝の調整法」があることが分かりました。

それでは一つ目の「姿勢づくり」について、3つのステップをご紹介します。

【姿勢づくり】

 

・ステップ1:S字ライン(お腹を意識)

目をつむって「頭の先から体の中心を通って地球の中心まで1本の某を突き刺すイメージ」で立って、体のS字ラインをキープする。

・ステップ2:足を前後に動かす(股関節を意識)

片足で立って、もう一方の足を前後に振って動かすことで股関節の可動域を広げ、バランス力を高める。

・ステップ3:肩を前後に動かす(肩関節を意識)

手のひらを下に向けて手を斜め上に出し、重力に任せて落とすイメージで、手を返しながら下ろすことで肩甲骨を引き寄せられる。

この3つのステップは、以下のサイトで詳しく紹介されていますので、興味のある方はご覧になってみてくださいね。

参考 春のスコアは冬つくる。箱根駅伝4連覇・青学陸上部の「ケン・ケン・パ」で飛距離アップみんなのゴルフダイジェスト

次に、二つ目の「持久力をアップさせる秘伝の調整法」についてご紹介します。

長距離選手はエネルギー源である糖質が重要なため、体の内側から持久力をアップさせることが大切だと言われています。

どのようにして体の内側から持久力をアップさせるのか?というと、体重を調整して毎日の糖質量を確保するというもの。

具体的には、レース本番に合わせて1~2週間かけて炭水化物の量を増やしていく、というもので、練習やトレーニング後に糖質が高い食事を摂ることがポイントです。

筋肉に多くのグリコーゲンを貯めることが、レース当日の持久力アップに繋がるのだとか。

ただ、練習をして栄養のバランスが取れた食事を摂るだけではなく、食事を摂るタイミングや体作りをする期間というのも、大切な要素なんですね。

 

青山学院大学の駅伝部まとめ

 

青山学院大学陸上競技部について、過去の成績や今日に至るまでの歴史、そして独自の練習メニューなどを見てきましたが、いかがでしたでしょうか?

青山学院大学が昔から駅伝で強くなかったという歴史を見ると、何事も、初めから上手くいくことはないんだなというのが良く分かります。

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